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008
順子さん
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22歳/女/主婦/子ども(3歳男)と同居・(5ヵ月男)と別居
離婚の時期と方法=結婚5年目で協議離婚成立
離 婚 の 原 因 =相手からの暴力etc...
現在、DV法保護命令申し立て中。長男の親権変更、次男の養育権執行も近日申請予定。
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夫の暴力は、育ちの環境に問題が…
結婚したのは18歳。高校時代にバイトをしていたファミレスに、一人でよく来ていたお客さんでした。16歳年上の彼には離婚歴があって、前妻との間に三人子どもがいます。親権は奥さんにあるので、会ったことはありません。彼の母親は地方出身で、どうやら2号さんとして彼を産んだらしく、3〜4歳まで親戚の家に預けられていたようです。そういう意味で、自分の家庭を築きたいという欲望はあったのかもしれませんが、思いが空回りして上手くいかなかったのだと思います。
1年ほど同棲していて、上の子の妊娠をキッカケに結婚。会社員だった彼は不況の煽りをうけ給与も下がり、前妻との結婚生活当時の借金などもあったことで自己破産することに。長男出産後に、次々と明るみになる事実に驚きを隠せませんでした。さらに、足が悪くて入院していた彼の実母も、退院後は私たちと同居を始めました。ところが、足にかこつけて一切の家事は嫁がするのが当然と思っている、自己チューな人でした。また、彼は実母へも暴力を振るっていたので、ほんの数カ月で実母は家を出ました。でも、
「出ていったのはあなた(私)のせいだ」
と問題をすり替えるところは、彼と同じ思考回路です。
彼は心に余裕がないと、必ず暴力になりました。子どもに対する叱り方が悪い、家事ができてないとか小さなことで因縁をつけてくるのです。精神的にも、金銭的にも縛りつけてくる(生活費すら渡さないなど)、いわゆるDVでした。DVの特徴かもしれませんが、人当たりはいいのです。
離婚に至るまで結婚生活では、本当に色々ありました。長男出産後、経済的に不安だったので働きに出ようと思いましたが、彼には反対されました。妻には専業主婦でいてほしいというのです。外でなんて働かないでほしいと。そういうからには稼いできてほしいのですが、それはできず…の堂々めぐり。おまけに、目に余る風俗通い。さびしい人なのです。誰かに依存していないといられなくて、結局、私が離れてしまいそうになると暴力になったり、困らせたり…というのも、甘えの裏返しでした。
思い起こすのも苦しく辛いことですが、生活のために私は半年ほど風俗嬢として働きました。また、暴力をうけた直後に自殺未遂を起こしたこともありました。今考えると、いろんな感覚が麻痺していたのです。自殺未遂をした頃、子宮外妊娠とストレス性の大腸炎を続けて発症し、原因不明でクローン病という難病の疑いをもたれ入退院。一カ月に2回手術をうけ、身体的にも辛い検査が続きました。気持ちの拠り所のない本当に不安な毎日を過ごしていました。そんな中、彼からの暴力も酷く、何もかも嫌になった結果起こった最悪の出来事。未遂に終わったのが救いでした。
戸籍上は離婚、内縁関係の夫婦としてやってきたが…
これまで別居した期間が、2度ありました。1度目は暴力がひどくて、やむにやまれず長男を置いて一人で実家に半年ほど逃げていました。2度目はそれから3カ月後。次男を懐妊して4カ月目に長男を連れて3カ月ほど出てきました。
後からわかったことですが、その翌日には彼に勝手に離婚届を提出され、長男の親権は夫(法律上は元夫)にされていました。自分のもとに子どもを連れ戻すためにしたことらしいのです。実は、こうした行為はこれが2度目で、以前カッとなった彼に離婚届を勝手に出されていたことがありました。その時は、裁判所に「離婚無効確認」を行いましたが、この時はしませんでした。妊娠中だったこともあり、色々考えましたが一旦夫のもとへ戻りました。ですが、籍は別のまま現在に至っています。
戸籍上もう離婚はしていますが、実質上は内縁関係。普通の夫婦関係と表面的には変わりません。離婚後に生まれた次男は、私の籍に入っています。長男は彼の籍です。彼は一度失敗している分、子どもについては異常に執着しています。
「出て行きたいなら、子どもを置いて一人で行け」
「お前なんか母親として最低だ!」
などといいます。これまで、大きな声をだしたり、暴力をふるわれて、近所の方に警察へ通報されたこともありました。彼は言いたいだけわめき散らして、暴れたいだけ暴れると醒めてくるのか、子どもを連れてどこかへ行ってしまうのでした。要は、私が子どもと一緒にどこかへ行かないように、人質の意味もあって子連れでいなくなる癖があるのです。
DVを受け入れてしまう女性の特徴なのかもしれませんが、彼も可哀相な部分がいっぱいあると思っていました。こんな関係でしたがやはり子どもの父親ですし、人間的に毛嫌いしているわけではないので、夫婦生活もありました。私自身、躁鬱が激しく過食気味になりあらゆる面でストレスが出て、普通に家にいても物音にビクビク過敏になっていました。
再発した暴力から逃れ、これからが本当の意味での闘いに
「今の状況はあなたにとっては、もう限界なのよ」
と、人にいわれたりします。でも、世の中って我慢することの連続。我慢の底なし沼のようなものだと思います。特に子育てしていると自分の思うようにはいかないものですし。今、こうしていることが、いいことか悪いことかもわからないのです。自分の意思だけでは、うまくいかないことがいっぱいあるのではないか…と。
でも…つい最近、彼の暴力が再発しました。今までのような激しい暴力ではありませんでしたが、不思議な位に気持ちがいっきに吹っ切れて、迷わず彼の元から離れました。私はまだ精神科へ通院中ですが、彼と離れたことで、気持ちが安定させることができました。けれども、まだ生後6ヵ月の次男は、彼がいつも通りのパターンで、どこかへ連れていってしまいました。一緒に連れて出て来ることができず、気がかりです。私は今、実家に置いてもらい、父の会社の仕事を手伝っています。長男だけと同居しています。幼稚園へも通い始め、何とか安定した生活を送ることが出来そうです。とはいえ、彼の激しい追求もあり危険な状況には変わりないのです。
今後も時期を見て、長男の親権の変更、親権者である私の元へ次男を帰して欲しいことなど、これから家庭裁判所でハッキリさせなくてはなりません。彼自身、精神的にケリをつけるには時間もかかるでしょう。私たちが本当にまっすぐ前を向いて暮らせる日が来るのか?と、不安な気持ちでいっぱいです。
先日、DV法の申し立てにいってきました。来週には、彼のもとへ地裁から呼び出しがいき決定がなされます。私の感触としては、保護命令はおりそうです。このDV法という法律ができたのはつい最近、10月13日。『配偶者(配偶者に準ずる関係も含む)からの暴力を防ぎ、被害者を一時保護したり、裁判所に保護命令の申し立てをして加害者に退去命令等を行うことのできる法律』です。非常な暴力に耐え忍んで来た女性の長年の思いがかない、やっとできた『配偶者の暴力防止及び被害者の保護に関する法律』。おかげで、私の場合はこうした法的な手段に訴えることができました。
あんなに悩んで、我慢して、努力しても報われなかった結婚生活を思うと、今はまだ複雑な心境です。離婚は出来ることなら避けたかった。家族4人で幸せに暮らして生きたかった。私が我慢すれば良い、と思っていた時期もありました。でも、子ども達が父親の暴力を見ながら育つのは、耐え難いことでした。それでも、彼は子どもたちの父親です。まっとうに生き、幸せになっていつか…子ども達と会った時、恥ずかしくない父親であってほしいと思っています。
東京家族ラボを知ったのはリズという雑誌でした。たまたま再婚特集だったので読んでみたのがキッカケでした。5年ほど前の話ですが、セブンティーンを読む傍ら、こうした大人の雑誌もチェックしていて見つけました。メーリングリストでは、具体的なアドバイスやご自身のお話などを聞くことが出来て、本当に心強いです。日々、闘いですが、現実を見て、前向きに考えていきたいです。
2002年11月
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