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昼ドラ倶楽部
  目次 
001
沙織さん
35歳/女/設計技師/離婚後、子ども(4歳女児)と一緒に暮らしている
離婚の時期と方法=結婚1年半で別居、その1年後に調停離婚成立
離 婚 の 原 因 =夫の言葉の暴力、家族への無関心、潔癖症etc...

彼の奇行と言葉の暴力にマインドコントロールされていた

友人の紹介で知り合った彼とは、交際期間5ヵ月で結婚。すぐに妊娠、出産。当時の私の仕事はとてもハードで、連日深夜帰宅の生活でした。妊娠がわかって、お互いの両親も離れて住んでいたので、このまま仕事を続けていたら出産子育てが困難になる、と考えて退職。二人の新居に引っ越した初日に、夫の潔癖症に気がつきました。

例えば、テーブルの高さ以上の所から物が落ちてくるのを極度に怖がり、写真立てや花瓶など一切の飾り物はダメ。ポスターも画鋲が落ちてきた時のことを想定し、これもダメ。キッチンのテーブルは、食事時以外は常に物が置いていない状態を保たなければならない。キッチンに並べていた調味料が全て引き出しの中に片付けられ、ベランダの観葉植物まで全て取り払われていました。テーブルの足の位置は自分が決めた木目に合っていないと不機嫌になり、私の作る食事は「犬のエサ」だといっていました。それほど几帳面なのに、出産予定日は知ろうともせず、出産後子どもと3人で近所を散歩したこともありません。

他人同士がひとつ屋根の下に暮らすのだから、多少気に入らないことがあっても仕方がないのですが、彼はそんな生活に苛立ちが増してきて私に「出て行ってくれ」というようになりました。夜中に私の実家へ「おたくの娘は母親失格、人間失格、とにかく引き取ってくれ」と電話されたこともあります。その頃の私は、精神的にまいっていて、言葉を出そうとすると、どもるように。湿疹やストレスからの喘息で、反論する気力もありませんでした。不思議なことに「お前が悪い」と言われると「本当にそうだ」「私が悪いんだ」と私は感じ、自分さえ頑張ればこの結婚は修復される、と信じていました。こんなに不安なのは、きっとマタニティブルーか、育児ノイローゼだと。しかし、子育てのイライラ、子どもへの怒りを感じたことはほとんどなく「何かが変」という漠然とした不安がありました。今思えば彼の言葉に洗脳されていたのだと思います。

生活費のいっさいは彼が管理し、パソコンでバス代の200円まで細かに家計簿をつけていました。ある時、彼に黙って彼の通帳から生活費を引き出したのですが、通帳記入してそれがわかった時、血相を変えて泥棒呼ばわりをされてしまいました。その後、通帳はスーツケースに入れられ、私が出し入れ出来ないようにカギをかけられてしまいました。夜寝ていても布団を蹴って「出て行け」といわれ続け、何度か毛布とミルクと子どもを抱えて、車で30分の場所に住む妹宅に転がり込んだことがあります。


調停委員も見切りをつけた夫の異様さ

娘は7ヵ月の頃に保育園に入り、私もアルバイトとしてフルタイムで仕事に復帰。彼との生活がしんどくて、週末は2時間半かかる実家に子どもを連れて帰ることが生活のリズムになっていました。たまに実家に帰れない時は、せっかく週末一人で過ごせると思っていた彼は、私と子どもがいることに驚き「なんで家にいるんだ?!」「実家に帰るっていってたじゃないか!」と忌々しい表情でいうのでした。仕事も2時間半かかる実家から「通え!」といわれていました。そんなことが続き、いつものように週末、実家に帰った時母が私に「もう頑張らなくていいよ」と告げ、「娘はもう戻らない」と彼に電話をし、そのまま実家に半年間避難しました。

ところが、彼は離婚に中々応じず、話し合いということが全くできない人だったので、調停を申請しました。調停では普通「夫婦関係修復」を目的としていると聞いていたため、どんなしんどいことをいわれるのか心配していましたが、調停員の方がとても私に好意的に話を進めて下さって「相手は難しい人なので、なるべく早くに決着をつけて、あなたの新しい人生をスタートさせましょう」といってくださいました。

「離婚はカンジョウの問題、一つは心の[感情]、もうひとつはお金の[勘定]、お金にこだわっていたら、いつまでもしんどいことになるよ」といわれました。結果的には別居していた期間の生活費と子どもの保育料を換算し合計して返してもらい、娘が成人するまで養育費月3万円を支払うことで合意しました。慰謝料などはありません。

東京家族ラボのメーリングリストはある意味で私の原点です。離婚して子どもとの生活も落ち着いてきた頃、ようやくMLにたまに投稿できるようになり、誰かにカミングアウトするという度胸をいただきました。あるレクチャーで「私は離婚していて、一人で子どもを育てている(そんな人は本当は沢山いますが)」ということをマイクを持って顔を上げて話せた時は、自分自身をとても誇らしく思えました。メディアでは、離婚をおもしろおかしくゴシップとして取り上げています。しかし、「バツイチです」と笑って話せるまで、皆しんどい経験をしているのです。大切な経験として、笑ってすませるのではなく、今後の人生の機微として「自分にとって必要な経験だった」と思いたいものです。


急がずに新しいパートナーと家庭を築こうと・・

調停で月1回子どもとの面会を決めましたので、それは実行しています。子どもに手をあげるようなことをする人ではない、ということだけは信じています。パパとママはあなたのせいで別れたんじゃないということを伝えたい。子どもが自分自身で、父親と会いたいか、会いたくないかを選択できるためにも。面会は公園で遊ばせるだけですが、彼にとっては月に1回、1時間が限界のようです。子どもを引き渡す際の私たちの会話はありません。今のところ月3万円の生活費は実行されています。

現在の住まいは、2Kの部屋で子どもと気楽に楽しく暮らしています。今年になってようやく就職が決まり、頑張っています。親権も私ですし、名実ともに世帯主で誇りに思っています。子どもと二人暮らしを始めた時は1歳半だった娘が間もなく5歳になります。

去年から、縁あってお付き合いしている方がいて、週末、娘と私と彼の3人で会っています。でも、プレステップファミリーであることで、問題は山積みです。娘にとって安定した生活が送れないのなら、男はいないほうがマシです。娘はいずれ私の手から離れてゆくでしょう。伴侶がいてもいなくても、所詮人間は一人で死んでいくのだと肝に銘じています。

東京家族ラボとの出会いは、夫婦関係が既にどんづまりだった出産直後。「離婚」をキーワードにパソコンで検索していると東京家族ラボにヒットしたのです。その頃はまだ自分が離婚するとは考えられませんでした。物事(結婚)をやめる(離婚)ことで解決するのではなく、続けることで解決することを努力していました。その後、子どもと実家に避難し、メーリングリストに登録しました。ここでの皆さんのメールに、どれだけ支えられたことでしょう。普段の生活の中で離婚経験者と意見を交わすなんて、ないことです。誰が離婚し、誰が家庭内離婚で、誰が幸せに家族生活を送っているかなんて、リトマス紙のようにわからないし、聞けやしないですもの!大切な友人にアドバイスをもらう以上に、たくさんのことを学べたと思っています。

2002年9月
文責:ライター阿部美智子

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